column

死出の旅路
[ Anemone ]

歌詞全文

美しい旋律、柔らかな歌詞、切々たる歌声
花の名前が掲げられたこの歌に満ちる死の香りは巧みに包み隠されている

ヒロインの独白は愛情に満ちあふれ まさに幸福そのもの
しかし、彼女の祝福のために人々は集まったのではない
祝福ために鳴らされる鐘の音ではないことに気付くと一気に世界は冷える

その冷たさを直接表現している言葉は「冬」と「遠く」の2つしかない
それが彼女を取り巻く全てであろう
彼女は今「冬」の世界にいる
それは恋人が「遠く」にいるから

 海を渡る小船は遠く

「小舟 = 恋人」と見ました
ヒロインが執拗に海へ海へと向かおうとするのは恋人を海で失ったからではないでしょうか
しかもその人(の魂)はまだ海を漂い続けている
「花が咲くのを待つことなく」とあります
『花葬』の時の「春を待てずに」と同様、冬を越せずに逝ってしまった人を表すのに
一般的で、しかも美しい表記、ここで彼女の死を確信します

この歌詞がややこしいのは、まず時間の流れ通りに進まないこと
そしてヒロインの独白と周囲(参列者)の心情が入り交じっているから

 輝かしい思い出 刻まれたまま
 風はあおる港へ続く道へ

 鮮やかな季節 あぁ 花が咲くのを
 待つことなく船はゆく まだ見ぬ場所へ

これは参列者から見た彼女の状況でしょう
まだ若く、幸福な未来が待っていたであろう彼女の早すぎる死
輝かしい過去を抱いたまま、鮮やかな未来を迎えることなく…
それに続く言葉はいずれも「海」を思わせます
彼女は海へ向かったのです

もともと風が吹けば散ってしまう儚い花として
風「アネモ(ス)」が名前の由来になっているアネモネ
「風」もまた「死」を暗示しているかもしれない

 愛しいその人を想う
 気持ちは冬を越えてゆく

 静かに燃える炎は
 誰にも消せはしないから

旅立ちにも関わらず「気持ち」しか「冬」を越えられない
彼女の世界は「冬 = 辛い状況」にあり、そこから抜け出せるのは
気持ち、心、もしくは魂のみだと、彼女は既に知っている
そして彼女を大切に想う人々が、引き留めようとしているのも
充分に理解していて、それでも決意は変わらない
深読みすればするほど、真っ暗ですが
しかし歌詞からは悲愴感は全く感じられません
なぜなら彼女にとって「死」は誓いを果たす為の最後の手段なのですから

 永遠のちかいをその手にゆだねて

ついに「その手」に委ねてしまう瞬間
誓いが果たされるも果たされぬも「その手」次第
彼の元へ逝き着くも逝き着かぬも「その手」次第
今までの流れからいって「その手 = 海」であることは、容易に察せられます

 今 私に 運命の時を
 告ぐ鐘の音が 鳴り響いている

ここで最初の旅立ちのシーンに戻ります
冥福を願う鐘の音も、彼女にとっては祝福の鐘の音として響いているはず

 あぁアネモネ あぁアネモネよ
 あの丘を赤く染めゆく頃には
 あなたへと 旅立っている

アネモネが咲くのは春
「あの丘」と断定しているのは、二人にとって思い出の場所だから?
もしかするとプロポーズされた場所かもしれない
「この丘」にアネモネが咲く頃、結婚しようと?
ここでは「旅立っている」という表現が目を引きます
「春になったら貴方の元へ旅立つでしょう」という未来形ではなく
あえて未来進行形
春には「もうここにはいません」という決意がひしひしと伝わります
彼女が思い出の丘に立ち、決意を固めたその時は恐らく冬
冷たい風に吹かれ、暗い海を見下ろす一人の女性が目に浮かびます
歌の中では一番古い場面がここでしょう
全てはここから始まり、そして彼女の葬儀で幕を閉じる

* * * * * * * * * * * * * * * * * * *

現在(葬儀)→それに至る決意、課程→現在(葬儀)→過去(死の予感)
という、とても凝った構成

もともとアネモネの花にまつわる伝説には悲しい物が多く
特にアネモネの赤は血の色、という説もあり
「あの丘を赤く 染めゆく頃には」を彼女に当てはめるとかなり怖い

歌全体に漂う死の香りを、繰り返す愛情の独白と花々で巧みに隠し
表現者と時間軸が入れ替わりつつ進む、叙述トリック仕立てで、
畳みかけるように聴く人を惑わすAnemone
ハイド氏作詞作曲本領発揮です

結婚目前の時期に披露されたウェディングソング
ダークな意味合い見え見えで、むしろ照れ隠しにも思えてきます
もうっ!嬉しいのね?(^^;
まさか「結婚は人生の××だ」なんて風刺効かせてませんよね?(笑)。

< back