column

信仰という真実と幻想
[ FAITH ]

ライブで完成形となる、ライブのための楽曲達のCD音源これいかに。

JESUS CHRIST
比べることが難しいけれど…どちらかと言えばCDの方が安心して聴けます。
聴くたびに西洋の古い教会にトリップしてしまう。
重厚に創造されているかに思われたそれは、実は繊細なガラス細工で出来ていた…
というような驚きを感じます。あまりにも美しく幾重にも重ねられた奇跡のバランス。奇跡の構築美。
続けて別の曲を聴く気になれません。
そんなアルバム1曲目!(っていかがなものか)

しかし、機会があるならば是非一度はライブで聴いて欲しい、聴かなくてはならないと思う唯一の曲です。
ライブで「JESUS CHRIST」を聴くと鳥肌が立つ。
感動より、恐れ、恐怖を感じます。
God give me death ! と、彼は両手を投げ出すように広げ、あたかも十字架にはりつけられたかのよう。
あまりにも無防備に魂を晒す彼の姿を目にするたび、
(神に祈りが通じてしまったらどうしよう)と不安になる。
なので私たちはステージ上で叫ぶ彼とは全く逆の事を神に祈りながら聴くのです。
(どうかまだ、その魂を連れて行かないでください)と。
そんな不思議な一体感。

MADE IN HEAVEN
ライブでは、歌詞の通り。「楽しけりゃいいじゃん!」なノリ。
本当に楽しくて仕方ない曲です。
CDではハイドの悩ましい声で始まり、ハイドの囁きで終わる、という素晴らしい構成。
最後のワンフレーズ、右耳がモゾモゾします。こそばゆい…。

I CAN FEEL
これはライブの方が好き。CDはいろんな意味で重すぎる…そして泣けてくる…。
「身体を介して抱きしめ合う」という表現がたまらなく好きですね。
「抱きしめる」という行為は身体がなくては出来なくて、なのに身体があるからこそ身体ごしにしか魂に触れることができない、という…矛盾。
そんな「完全にひとつになることは出来ない」という制約を、越えてしまう一瞬。
その瞬間の歓びを、彼はまるで嘆くように歌う。
「重力の開放 魂はもうarise」
歌詞とは裏腹な、重苦しい低音。
老熟したその歌声は「今やっと知った」というより「かつて、そんな瞬間があった」と思い出してるみたい…
だと感じるのは、邪な妄想すぎますか?(笑)

DOLLY
本質は「JESUS CHRIST」と同じ。
あちらは神に祈り、こちらは悪魔に魂を売る。その違いだけ。

MISSION
この曲に限った事じゃありませんが…今回、日本語詞の方が歌いにくそうですね。
歌詞自体、元々英語だったのを直訳したみたいなのが多いし。譜割りが不思議。
ライブ中はよくハイドがピョンピョン跳びます。
大好きな曲。

IT'S SAD
心臓がドキドキする。
何度聴いても、身体が飽き足りません。
どんなに罪を挙げられても、遺伝子に組み込まれた凶暴な衝動は抑えられない。
それは神のプログラムなのか、はたまたバグなのか。
人類を消せば簡単なのに、そうできないのが神のプライド。
全知全能が自分のミスを認めるはずない。リセットボタンは意地でも押せないんでしょう?
…なーんて、私の中の狂ったプログラムが動き出します。
こんな風に無条件にトリップ出来ちゃう曲が大好きです。

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